「…ルカ!もう起きなさいイルカ!今日は任務ないの?!」 遠くから響く母ちゃんの声で、ばちんと目が覚めた。 慌てて飛び起きようとすると、身体がガッチリ固定されてて動けない。 下を見ると、胸と腹に回されたカカシの細っこい腕が巻き付いていた。それに、やけにスースーするケツと、尻に挟まってる強烈な違和感。 「カカシ、起きろ!人が寝てんのに何勝手に突っ込んでんだよ!」 ヒソヒソ声で怒鳴り付けるという器用な技を披露すると、背中でう~んと呻き声がする。 その時、今度は部屋のすぐ外で母ちゃんの怒鳴り声がした。 「イルカ!起きなくていいの?!」 「もう起きたよ、今日は午後イチから!…おい、ちょっ、早く抜けよ!母ちゃんに見られたらどうすんだ!」 「え~、だって昨日は玄関からお邪魔したもん。それでちょうどいいからコハリさんに、イルカをお嫁さんに下さいってご挨拶したんだよね。だから見られても大丈夫だよ。…ねぇ、もう一回しよ?」 なんかモジモジしながらほざいてるけど、モジモジと腰まで動かすな。俺の中に響くだろうが! つーか一回も二回も、ヤられた記憶が俺にはないんだけど。 でも刺さってるんだからヤられたんだろうか。 まぁ、夜這いなんていつものことだけどな!そんでいつも好きなように突っ込まれてるけどな! ………って、そうじゃねぇ! 「嫁ぇぇえ?!何だ嫁って!俺は男だぞっ」 「コハリさんは喜んでたよ?こんな可愛くていい子がお婿さんになってくれるなんて、イルカも果報者ね、おばさん嬉しいわ~って」 母ちゃん~~~~~!!! 息子を嫁に出すなんて、どんな母親だよ! あー、でも母ちゃん面食いだからなぁ…父ちゃんは別として。 カカシ君みたいな子が息子だったら嬉しいわ~っていつも言ってたけど、とうとう俺を生け贄に差し出しやがった! これだから目的のためには手段を選ばない忍びってヤツは! 「ねぇねぇ、それじゃ、昨日は初夜ってこと?これは後朝かな。じゃあお赤飯炊かないと!」 カカシがきゃっきゃと背中ではしゃいでる隙に、思いっきり勢いをつけてカカシ側に転がる。すると上手いことカカシの上に乗り上げて、背中に「ぶぐぇ」みたいな声が響いた。 やっと腕が外れたので、身体を起こして尻からカカシを引き抜く。 なんだか身体の一部が引っこ抜かれたような、まだ何か挟まってるような変な感じがするんだけど。いったいいつから刺さったままだったのか。 振り返ってスペシャルゲンコツをお見舞いしてやったけど、カカシはへらへら笑ってる。 「おはよー、俺のお嫁さん。うふふ」 何こいつ気持ちワルイ。 ゲンコツが効きすぎたんだろうか。 ちょっと心配になって経過を見守ってると、カカシはスッと流れるように身体を起こし、きちんと正座をして深々と頭を下げた。 「不束者だけど、よろしくお願いいたします」 カカシ、それ違う。嫁が言うセリフ。 しかもチンコをポロリしたまま言うセリフじゃない。絶対に。 そこで自分の半ケツ状態を思い出してズボンを引き上げてると、ふと。カカシの見慣れない格好に気が付いた。 いや、見慣れてはいる。 でもなんでカカシがそれを身に付けてるんだ…? それに、そのむき出しになった左腕の、刺青。 カカシが俺の目線を辿り、それから自分の格好を見下ろして下半身をしまいながら言った。 「…あぁ、イルカは暗部装束よく知ってるもんね。似合う?」 なんで。 なんで十四のクソ生意気なエロガキが、暗部なんて一番危険なとこに入隊してるんだ…? お前はクソ生意気でどうしようもないほどエロガキだけど、まだ十四なんだぞ。 「サクモさんは…」 「知ってるよ。けっこう前から」 「四代目には俺がガツンと…」 「違うよ、四代目に強制されたわけじゃない。俺が頼んだんだ。」 「なんで…」 カカシは大人びた、痛みを堪えるような笑みを見せて、左目を開いた。 「これのため。オビトが俺にくれた眼だから、オビトの願いを叶えたいと思って。火影への最短ルートを知るためには、そばに居るのが一番分かりやすいでしょ」 それだけじゃないはずだ。 一族じゃない者にたまたま写輪眼が移植されて、何とか適合したもんだからいいように使いたい上層部の意向に、四代目もサクモさんも抗いきれなくなったってとこが真相だろう。 しかもカカシの罪悪感につけ込むような真似をして。 「…オビト君は絶対そんなこと望んじゃいなかった」 「もういいんだよ、決まったことだから…それよりね。これ、だいぶ使いこなせるようになったからさ……ねぇ、忘れたい?失恋したこと。そういう使い方もできるんだ」 ……………このっ 「バカカシ!誰かを好きって気持ちは、そんなもんで忘れたいような簡単なもんじゃねぇんだよ!それに大事な友達に貰った大事な眼を、そんなことに使うな!カカシは…お前は…」 俺は正座したままのカカシをぎゅうっと抱きしめた。 なんでこいつばっかり。 なんでまだ子供のこいつを、大人たちはよってたかってこんな辛い目に合わせるんだ。 カカシは暗部に入れるような強いヤツじゃないのに。 自分の父親に失恋した好きなヤツを慰めるためだけに、わざわざ大人に変化して抱きしめるような。 そんな優しい子なのに。 …ホントはどっかで分かってた。 オビト君とリンちゃんを亡くしたことで、そしてオビト君に貰った眼のことでこいつが苦しんでたことを。 会えなかった一年間でも、呑み込みきれない何かがあったことを。 だから例えあんな形でも、俺に甘えてくれてたんだってことを。 でもカカシは、俺たちはこうやって生きてくしかないんだ。 それが忍びだから。 「…これから任務なのか?」 「ううん、夜から。暗部の任務はほとんど夜だよ」 だからいつも夜這いしに来てたのか。 明け方、任務の終わった後に、ひっそりと忍んできたこいつのことを思うと泣きたくなる。 でも中忍の俺が代わってやることはできない。忍びの社会は、残酷なまでに実力がものを言う世界だから。 それなら俺は俺にできることをしよう。カカシのために、俺だけができることを。 「ちゃんと無事に帰ってこいよ。待ってるからな。ケガなんかしたらスペシャルゲンコツプラス一ヶ月口きかない」 「ケガしてるのにゲンコツ?意地悪だなぁ」 カカシがクスクスと笑うので、俺も一緒に揺れる。 と、カカシがするりと伸び上がってきて、ちゅうううっとキスをしてきた。 「んん、むぅ!うう~っ」 「もちろんちゃんと帰ってくるよ。大事な大事なお嫁さんを、新婚早々未亡人にできないもん」 「当たり前だろ!…じゃなくて誰が嫁だ!」 「お嫁さんはヤなの?じゃあ俺が嫁入りしてもいいよ?夜の主導権は絶対譲らないけど」 「イルカ!いつまでも夫婦ゲンカしてないで!カカシ君がいるなら一緒に朝ごはん食べちゃいなさい!」 「はぁい!あ、コハリさん、あとでお赤飯を炊いてもいいですか?」 何を二人で勝手に話を進めてんだ! するとカカシが俺の腕の中から抜けて出て行こうとした。とっさに刺青の辺りを掴むと、あっさりと捕まる。 でも何を言ったらいいのか分からなくて、腕を掴んだまま黙ってしまった。 「…待ってて。俺のこと」 カカシは左半分だけちょっと振り返ってそう言うと、今度こそするりと部屋を出て行った。台所の方で母ちゃんとカカシが赤飯の作り方を話してるのが聞こえる。 俺はぼんやりと座り込んで、今言われたことの意味を考えていた。 待っててとは、今回の任務から帰ってくることなのか、帰ってきたらまたヤりににくるぞという犯行予告なのか。 …それとも、カカシが大人になるまでのことなのか。 夕べ見られなかった、サクモさんにそっくりだという姿になるまで。 どれが正解にしろ、いつか分かるだろう。 俺はカカシに待ってるって約束しちまったんだから。 とりあえず嫁入り云々は、今のうちにキツく言っとくべきかもしれない。 母ちゃんとバカカシ二人の上忍が本気になったら、今日の午後にでも嫁入り話が決定事項として、四代目火影を始め里中に広まってる恐れがある。 俺は慌てて立ち上がってカカシの後を追った。 ――これがもう既に手遅れだったことを、俺は数日後に知ることになる。 アスマ兄ちゃんの「あれだけカカシの匂いをぷんぷんさせて里をうろついてりゃ、特上以上なら誰でも分かるぞ?あぁ、カカシがマーキングしてんだなってよ」という言葉と共に。 カカシは意味もなく何時でも何処でもサカって中出ししてた訳じゃなかったのか! 上忍って怖ぇ!!……じゃなくて! ちくしょう、バカカシめ! 今度は俺が追っかけ回して、キッチリしつけ直してやるから覚悟しとけ! 【完】