lover 何で自分が。 が、最初頭に浮かんだ。 目の前にいるカカシに渋面を作らないようしているが、きっとそれは、あっさりとこの人には伝わっているのだろう。 カカシの様々な噂は、既に配属していない暗部の中で耳にする。怪我で入院した事だってそうだ。それを本人が望んでいなくなって、それはカカシがそれだけこの世界で崇拝されている以外の何者でもない。 それで顔を出したらこれだ。 テンゾウは嘆息を堪えた。 正直、こっちは人手不足で休みも殆どもらえてないのが現状だ。そんなの分かり切ってるくせに。私用で人を伝言役にするなんて。 忙しいのは、人手不足だけが原因でもない。カカシが抜けただけで、色々な問題が染み出てきて、表面化している。 カカシ一人。 この人の存在の大きさを痛感しているが。同時に忍びとして尊敬しているが。 今そんな不満を言う必要はないのは、テンゾウは分かっていた。 しかしカカシは今は、ここの病院の患者で、病室のベットの上。 息を漏らすようにため息を吐き出しながら、頷いた。 「いいですよ」 「そ、じゃよろしく」 手渡された紙を懐に仕舞い込み、踵を返したテンゾウにカカシの声がかかった。 振り返ると、怠そうに銀髪を掻いている。 「あのさぁ、お前の事だから言っておく必要もないんだろうけど、」 「何ですか」 カカシらしくない言い回しにテンゾウは向き直ってベットの上にいるカカシを見た。 「藪をつついて蛇を出すような事。しないでよ」 「........?」 微かに眉根を寄せると、カカシはガシガシと頭を掻いた。 「画蛇添足って言うの?」 そこまで言われて、ムッとした顔をしていた。 「分かってますよ。何年先輩の下にいたと思ってるんですか」 だから俺に頼んだんだろう。 いつもの無表情に出したその顔をカカシはジッと見つめて、冷えた青い目を手元に落とした。そこには、まだ一本だけカカシの腕と繋がっている管がある。 「そうね」 「...じゃ、行きます」 早々に病室から外に出た。 やな感じだ。 テンゾウは言い表せない気持ちに身体を飛躍させながらも、小さな苛立ちに息を吐き出した。 頼まれた内容も内容だ。しかし理由があって、と、深く気にしもしなかったのに。あれじゃ、気にしてくれと、言ってるようなものだ。遠回しの言い方も気に入らない。 枝に踏み込みを入れて、人通りのない道に降り立ち、 まてよ。 テンゾウは立ち止まった。 歯切れの悪いカカシを見たのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。 それに気が付き、口元に手を当てた。 カカシの遊びが派手だったのは有名で、その一部に過ぎないと小指にも考えていなかったが。 (...まさか、本気?) そこまで思って軽く頭を降る。 バカバカしい。やめよう。 カカシから紙を取り出し目を落とし、目当ての建物まで来ると、また枝に飛躍した。そこから窓越しに見える顔を眺めて。 一人の男を捉えた。 30近い男の、カカシの恋愛に口出す事はしたくもないが。 何で男。 そう思ったその言葉を唾と共に飲み込む。 カカシの言った容姿に当てはまるのはあの男だけだ。遠目から、机の上に置かれた本に書かれている名前を確認し、間違いないと判断する。 猫の面をつけ、テンゾウは裏手の森に消えた。 「今晩は」 声をかけて失敗したと思った。 不意に背後から声をかけた相手は、目に見えるくらいに身体をビクつかせ、自分を見て警戒心を強めたのが分かったからだ。 在る意味酷いとは思うが。そんな事考えたって仕方がない。数時間前に確認した時点で何の特徴もない、冴えない、中忍の男だと、分かったからだ。面の越しに怯えた色を見せている男を改めて見つめて、丁寧に頭を下げた。 「カカシさんの言伝を持ってきました」 「カカシさんの....?」 「はい、僕はカカシさんの後輩です」 途端に解かれる緊張がわかりやすい。自分と同じ黒い目なのに、夜道で輝いたのは、カカシと名を出したからだと。分かった時、テンゾウの気持ちに不透明な靄がかかった。 「えぇ、色々な目がある場所にいますから。自分が式代わりみたいなものです」 明日には一般病棟に移るが、今はチャクラだって下手に使わないよう、監視のある病棟にいるのだ。 それが伝わったのか、イルカは表情を固くし、頭をぺこりと下げた。 「すみません、わざわざ」 「いえ。明日には一般病棟に移りますので」 「ーーーーーっ」 そう口にした時、テンゾウは軽く息を呑んだ。 本人はきっと自覚なんてないだろうが。滲み出したその泣きそうな顔で微笑んでいるその表情。数秒、言葉が出なかった。 面をしてて良かったと、誰に言う訳でもなく変な安堵感を覚える。 「....病室は318です」 俯きがちに伝えると、テンゾウは飛んだ。これ以上ここに居てはいけないと、心で感じたからだ。 (気のせい。そうだ、気のせいだ) 逃げ出したみたいな状況に、苛立ちさえ覚える。 カカシの忠告が嫌みなくらい浮かび上がる。結局あの人はいつも自分の先を行っている。 (いやいやいやいや、違うだろ) 枝を掴んで動きを止めて、面を自分から剥いだ。 輝く黒い目と、久しぶりに見た。人の表情が崩れる瞬間。いつもそんな人間から離れて生活しているからだろうか。 「.....帰ろう」 まだ色んな店が開いている時間だが。そんな気にはとてもなれない。大人しく家路へまた身体を飛ばした。 最初は好奇心からだった。 3度目の伝言の後、家に帰ってゴロリと寝台に身体を横にした。寝れる時に寝なければ。疲労から睡魔は素直に襲ってくる。 うつらうつらした頭に浮かんだのは、少し前に会ったイルカだった。 もう分かっている。遊びでカカシとつき合うような男じゃないと。認めるも認めないもない。あれはカカシの恋人だ。 ふらふらと様々な女に渡り歩いていたカカシが、漸く身を納めた相手だ。 想像つかない。 つかないのだったら、見ればいいんじゃないのか。 テンゾウは薄っすら瞼を開けた。 イルカの表情を見ているだけなのに。 思わず手に口を当てていた。一気に身体の温度が上昇した。同時に苦しいくらいに心臓が高鳴る。 イルカが病室に入った時から。最初から。ドクドクと血液の流れは速くなる一方で。恋人同士の逢瀬を覗き見てるからだろうか。人にはきっと見せない、カカシだから見せるあの顔を。目を。表情を。食い入るように目に焼き付けていた。 窓の外からでも十分に分かる。あの人は、あんなに全てを漏らして大丈夫なのだろうか。よく分からない不安がテンゾウに芽生える。 仲むつまじい姿を見て。 そこまで興味すらなかったのに。面白半分なところもあった。 なのに、顔が熱い。 いい歳した男同士の逢瀬だって言うのに。なんでこう身体が反応するのか、分からない。 眉を寄せながら、イルカが急ぎ足で出て行った後も、その場を動けなかった。動いたら、いけない気がした。 ーーーが。 銀色の髪が。ゆらりと動き、青い瞳が自分を確実に、捉えた。 ひゅ、と息を呑む。ピクリとも動けなかった。自分がここから2人を見ていた事は、もうカカシは知っているのだ。驚くくらいに頭は冷静さを取り戻しているのに。 目は口ほどにものを言う。 その言葉の如く。カカシは自分の意図を見抜いていて。 ーーー敢えて見せつけた。 そう思った時、かぁ、と顔が赤くなった。同じ暗部の仲間が見たら、目を点にした後、吹き出し、腹を抱えて笑うだろう、それほど酷い顔をしている。分かっているから、テンゾウは眉根をきつく寄せ、目を逸らすように俯き、頭を下げ、逃げるように、飛躍した。 次会ったら、殺される...なぁ。 確実に分かった事に、テンゾウは声を立てて笑った。 <終>