ムギュッと尻を鷲掴みにされた衝撃に、思わず手から落としそうになったカルテを抱きしめた。 大声を上げそうになった口をなんとか抑えこみ、眉間にシワを寄せて不埒な手付きの犯人を睨みつければ、涼しい顔をしながら診察を続けているではないか。 「はい、あーんして。ん~、ちょっと喉が腫れてるかな~? お腹は?」 「くだしてはいないんですけど、昨日から微熱が続いていて・・」 プルプルと首を振る子供を遮って、母親が身を乗り出してくる。 視線を感じる前に渡した体温計が指し示す体温は36.7度。体温の高い子供からすれば平熱といえるだろう。 「ふむ」 「先生、私心配で・・」 いやいや、はっきり言ってこんな微熱程度で病院に来るほどでもないだろ。 そう言えれば良いのだろうが、この男がここに赴任してからというもの、木の葉病院はありがたいことに大繁盛なのである。 国立火の国医大から鳴り物入りでここへやってきた医師の名前は、はたけカカシ。 鳴り物入りとは大げさだと、イルカは腹の中でせせら嗤う。きっと不祥事でも起こして追い出されたに決まっている。 ムギューッとまた揉まれた臀部に青筋を立てながら、俺は溢れ出る怒りを沈めるために奥歯を噛み締めた。 ―――不祥事。それは勿論セクハラというやつだ。 「・・・先生・・」 押し殺した声で男を呼べば、マスクで顔の半分を隠したままの男がチロリと目線を上げる。 はやくこの尻を揉んでる手を離せ。 眼光だけでそう伝えれば、髪で隠れていない方の瞳がニコリと弧を描いた。 「じゃあお薬出しておこうね。とりあえず喉の炎症を抑えるクスリだけでいいかな」 「抗生剤は?」 「ん~、まだ小さいからねぇ。出来るなら出したくないな」 「でも・・」 「大丈夫。ちゃんと治りますよ』 尚も言い募ろうとする母親の声を遮って、不安そうにやり取りを見守る子供の髪を優しく撫ぜた。 俺の尻を揉んでいた不埒な手でな。 ううっ・・なんだか物凄くいたたまれない。 「ありがとう」 「はい。じゃあまた・・っていうのはおかしいねぇ」 くくっと笑ってカルテに処方する薬を書き込む。 「次の方~」 バイバイと手を振る子供に愛想よく手を振り返して、手渡されたカルテを受け取った瞬間、その手がまた俺の尻をリズムよく揉んだ。 ***** そんなこんなでこの男に尻を揉まれ続けるという日々に心底疲れ果てていたある日。 夜勤の見回りで病室を巡回していた俺は、いきなり腕を引かれて宿直室へ連れ込まれた。 「―――え・・・っ!? わっ・・!!」 薄暗い廊下を歩いていたとはいえ、室内は真っ暗闇だ。 必死に瞼を瞬かせ見えない室内に目を凝らせば、暗闇で光る赤い瞳に射すくめられる。 「な、なに・・?」 「コンバンハ」 こんな状況で、なんとものんびりとした挨拶が耳に届く。 「カカシ先生っ!? ちょっとなにするんですかっ!!」 「いや~、今日は俺も当直だったんですけどなかなか眠れなくて」 「そ、それは大変ですね・・っ・・」 言葉だけ聞けば穏やかなやり取りに聞こえるが、ここは灯りのない密室で、俺たちは何故か抱き合うように身体を押し付けあっている。というか、引き剥がそうとする俺の身体をカカシ先生が力いっぱい抱きしめているのだが。 「ちょっとで良いんで添い寝でもしていただけないかなと思いまして」 「はぁっ!? 嫌ですよ、何考えてるんですか。俺は今巡回中――・・」 「お願いします」 ふうっと、熱い吐息と共にそんな甘い声が耳元に吹き込まれた。 ひぃぃっという悲鳴とともに、ゾクゾクとした悪寒が身体中を駆け巡る。 こんなことを言っては何だが、この男、声だけはたまらなく良いのだ。 病院へ足繁くやってくる老若男女全て、この男の声を聞くだけでポーッと浮かれたような表情で見つめている。 加えてどうやら顔も良いらしい。らしいというのは、いつも着用してるマスクや長い前髪で素顔が隠れているから俺にはよくわからないのだが、病棟の看護師達によれば、その隠されているフィルターを通してさえ醸し出されるイケメン臭に惹きつけられるのだとか。 ・・・本気でよくわからねぇ。 「ちょっとだけで良いですから」 「・・そんな事言われたって、俺だって仕事中――・・」 そう言って、漸く慣れてきた眼で面前の男を見やった瞬間。 俺は言葉を失った。 引き下げられたマスクの下に見えたのは、形の良い唇とその下にポツリとあるなんとも色っぽいホクロ。そして何だ? 焦燥感溢れるその切羽詰まった必死な顔は。 「お願い、イルカ――・・・」 「――・・ひっ・・・ッ!」 耳元で囁かれた瞬間、ペトリとその唇が首筋に吸い付いた。 ちゅうっと吸い付かれた場所を舌先がなぞり、耳たぶが甘噛される。 「なっ・・や、やめ・・て・・くださ・・っ!」 「やーだね」 あんまりにも驚いて、思わず漏れた自分の情けない声に愕然とする俺の前で、とんでもなく整った顔の男が甘い声で拒む。 しかも、しかもだ。 抱きすくめられたまま動けない俺の背を、不埒な指先がゆっくりと移動しながらいつもの定位置にたどり着く。 普段なら、それは戯れに数回揉むだけで。俺は青筋を立てながらギリギリと怒りに眉を吊り上げていれば良いのだが。 ぐいっと捲りあげられる制服の裾にギョッとした。 「えぇっ・・? ちょ、ちょっと・・っ!!」 「はいはい。じっとしてて」 慌てまくる俺の耳元で、熱っぽい声が響く。 その合間も止まることのない指先が、捲り上げた裾をかいくぐって下着の中に潜り込んできた。 「――・・ッ・・! それはやり過ぎじゃ・・!」 いくらなんでもセクハラの域を超えている。 暴れようとする俺を肩口に顎を乗せて抑えこみ、長い指先が尻の割れ目を辿って奥に侵入しようと画策する。 いや、それは本気で駄目だ。今までは、服の上だからこそなんとか我慢できたのだ。まさか生でそんな場所を触られるなんてありえないと、尻の割れ目に力を込めた。 「・・・・・ッ!!!」 眼も口も、尻の穴も力いっぱい窄めて息を止める。 とにかく絶対に、この男の好きにはさせないと頑張る俺に、男の唇から小さな溜息とともに言葉が漏れた。 「好きだよ」 「・・・・ふぇっ・・・?」 思いもよらぬ告白に素っ頓狂な声が出た瞬間。緩んだ尻を素早く割り開かれて、指先が含まされた。 「あっ!!」 「んふふー」 物凄い違和感に、男の指を含んだまま固まってしまった俺の前で、ニンマリ笑う顔のなんと憎らしいことか。 「やっ・・やだ・・、抜いてっ! 抜いてくださいっ!!」 「大人しく添い寝するって言ったら抜いてあげます」 「んなこと出来るわけないじゃないですかっ!」 「巡回なんてガイに任せとけばいいでしょ」 「そんなわけにいかな・・ッ」 「ダイジョーブ、あいつなら10人分ぐらい働くよ」 「―――・・・アッ!」 ググッと力のこもった指先が、奥へと進もうとするのに焦る。 本来ならそこは排泄する場所で、間違っても指先を含ませるところではない(しかし、時と場合による)。 「ほら、どうするの?」 「―――カカシ先生っ!・・・えぇっ!?」 とんでもない力で抱きすくめられて、密着した股間の硬さに吃驚して眼を見開いた。 俄には信じがたいけれど、勃ってるよ、この人っ!! 「なんでっ・・」 「そりゃ好きな人とこれだけ密着してれば誰でもそうなるでしょ」 「す、す、好きってっ!!」 「だからさっきから言ってるじゃない」 「ジョーダン・・」 「冗談で勃つほど子供じゃありません」 めっと叱りつけるように眉を顰める。ぐりぐりと隆起した雄を押し付けられて、目眩がしそうだ。 「や・・やっ・・やだ・・っ」 「ほらもっと足開いて、奥まで入んないでしょ」 「やだっ・・て・・アッ――!」 鈎状に曲げられた指先が敏感な場所を擦り上げるのに、全身が強制的な快楽に痺れた。 「ここ?」 「アァンッ!」 ビクビクと震える身体とは反対に、足元から力が抜けていく。 生理現象とは悲しいもので、刺激されれば素直に反応するモノに気づいたカカシ先生に、「勃ってきたね」なんて意地悪なことを言われてしまい、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。 「嬉しいですよ、イルカさんが感じやすい身体で」 「ち、ちがっ・・!」 必死になって縋り付いた俺を支えた男が、感じる場所を何度もつつきながら悪魔の声色で囁いてくる。 「・・・・ね、添い寝しますか?」 「ヤァ―――・・・」 「ん?」 「・・っする・・、・・するからっ! だから離して・・っ!!」 ほぼヤケクソになって叫んだ。 多分根本まで埋め込まれていただろう指先がズルリと抜ける感触に、ガクリと膝が砕けた。 後は抱き上げられて運ばれた硬い宿直室のベッドの上。 頭の先から足の爪先まで被った布団の中で、互いの性器を擦り合わせて熱い飛沫を飛び散らせた。 籠る熱気と艶めかしい吐息。上気した整った顔が満足気に微笑むのにドキリとする。 好きですとよ囁かれながら下唇を食むように口付けられて、滑り込んできた生暖かい舌を味合わされる。 窮屈なベッドの上で身動き出来ないままはや数時間。 遠くでガイ婦長が探す声が聞こえた。 さてどうしたものか、と。汚れたシーツにうんざりしながら。 「・・・はやく起きろよ、このセクハラドクター」 スヤスヤと安心しきった顔で眠る男の唇をぷにっと押した。