片戀 どうしてこんなことになったのか。 目の前で激しい律動を繰り返す男に組み敷かれながら、痛みと快感に顔を歪めて声を殺す。 「・・ウ・・ーー・」 ポタポタと落ちてくる雫が頬に流れた。 いつもは少しの汗すらかかない男の顎先を伝って、また一粒落ちてくる。 「・・・ンッ・・ハァッ・・・」 同性相手に必死で腰を振って、獣みたいな顔をして。 ーーー馬鹿みたいだ。 声は意地でも出さない。 それがせめてものプライドとばかりに歯を食いしばった。 たとえそれが男の劣情をさらに煽る結果になると知っていても。 「ーーー・・アァッ」 弱いところを態と攻められて、力いっぱい目を瞑って耐えた。 悲鳴をあげる口を塞ごうとした手を、容赦無い力でシーツに縫い止められ、引き攣れた悲鳴が唇から漏れる。 「アンタの声、ちゃんと聞かせてよ」 「・・ッ・・・!」 荒い息と滑る舌先が内耳を擽る。 柔らかい耳たぶを鋭い犬歯で齧られて、痛みとともに込み上げた甘い疼きに腹が絞られた。 唾液を含ませたまま頬を這う舌が、食いしばる唇へと到着すると左右になぞられる。 頑として食いしばった歯を開こうとしないイルカに焦れて、カカシが下肢を突き上げた。 「ウァッ!!」 思わず開いた口内へ、すかさず潜り込んできた舌が逃げ惑うイルカを追いかける。 生暖かい肉のザラリとした感触が気持ち悪い。 流し込まれる唾液を飲み込むのが嫌で、必死に顔を振って逃れようとするのを許さずにカカシの手が両頬を覆った。 イルカの気持ちなどどうでもいいとばかりに上も下も繋ぎ止められて、蹂躙される。 自由になる腕で力いっぱい背中を殴りつけても、ビクともしない強靭さに苛立ちばかりが募った。 だから。 「ーーーッ!!」 思い切り歯をたてた瞬間、カカシがイルカの上から顔をあげた。 カカシの唇の端から垂れる赤い血を見つめながら、イルカは手の甲で自らの口を拭うと自らを貫く男を昏い瞳で睨みつける。 口の中に残った互いの唾液からは、僅かな鉄の匂い。 「・・・フ・・」 それを飲み込みたくなくて眉をしかめたイルカの頬が、焼けるように熱くなる。 殴られたのだとわかったのは、再度振り下ろされた掌が視界に入ったからだ。 無表情で振り下ろされた手が、何度もイルカの頬を打つ。 脳が揺れるほどに激しく叩かれて、裂けた唇からは鮮血が滲んだ。 「まったく、いつまでたっても」 呆れたように呟かれた言葉とは裏腹に、拳は無情にも何度も振り下ろされる。 両手を突っぱねて阻止しようと思っても、さすが上忍というべきか抵抗にもならなかった。 「ヤ、メ・・・ーーッ!」 「アンタは本当に躾の悪い犬だーね」 クククッと嗤い、抗う両手をワイヤーで縛り上げられた。 そこからはまたいつもの通りだ。 怯え、竦み上がった身体を開かれて、優しさなど微塵も感じさせない動きで突き上げてくる。 ただ自分の欲望のままに腰をゆすり穿たれ、それでも必死で睨みつけるイルカの瞳に男が高揚するのがわかる。 どちらも譲ることがない関係は、いつまでたっても変わることがない。 「ほら」 「あぁっ、あ、ああぁ・・・っん・・・」 「・・何だかんだ吠えたって、結局はアンタも気持ちいいんじゃない」 緩く勃ち上がっている下肢を指摘されて、顔を背けた。 強引に昂ぶらされているせいだと叫びたいのに、口を開けば喘ぎともつかない声が漏れるのが怖い。 狭い入り口を抉じ開け、少し膨らんだ場所を前後して刺激されるだけで、下半身に燃えるような快感が奔る。 「男に抱かれてヨガるなんて、尻の軽い雌犬と・・一緒・・っ」 「ーーーちがっ・・・!」 「・・違わないでしょ」 「アァッ!」 抵抗なんて、何度もした。 だけどどうしても敵わない力の差を見せつけられるだけで、結局は屈辱に押しつぶされて受け入れさせられるのだ。 何度も抉られ赤く尖った乳首がカカシの唾液で濡らされる。 いっそ痛みだけを与えてくれればと思うのに、イルカを快楽へと導く手管に歯噛みする。 煌々と付けられた明かりの下、全てを暴かれた格好のまま繋がった場所がぐちゅりと嫌らしい音をたてた。 「あー・・きもちいー」 「・・・ん、いや・・ぁ・・・・」 イルカを抱きかかえるためにカカシが前かがみになればなるほど、受け入れた身体が折れ曲がる。 圧迫感と深いところまで犯される恐怖に、イルカは震える唇を開いた。 「今度は噛みつかないでよ」 「・・・っ・・やだ・・イヤーー・・」 ぽとり。また汗が唇に一粒落ちる。 それを舌先が舐めとって、僅かに開いた口内へと潜り込んでくる。 慄く舌はあっという間にカカシに囚えられて絡められた。 「・・ん・・・」 先程までの乱暴な動きではなく宥めるような触れ方に、イルカはゆっくりと眼を開く。 見つめているのは灰色がかった黒い瞳。 言葉もなく見つめ合ったまま、互いの舌を絡めて唇を触れ合わせる。 繋がりあった下肢が少しだけ痙攣し、勢いをもって体内に流し込まれるカカシの体液に、イルカの下腹がひくりと蠢いた。 「・・・・ふっ・・」 そんな刺激だけで、腹に反り返った自分のモノがとろりした白濁を垂れ流す。 ヌルヌルと素肌を粘液が滑る感覚に、まるで泣き出す寸前のような嗚咽がもれた。 「あぁ、あ・・・」 排泄感と屈辱で、くしゃりと顔を歪ませたまま潤んだ瞳を硬く閉じる。 「・・ン、ぁ・・・・」 男同士で。 愛もない、こんな浅ましい行為をするなんて。 ーーーーー本当に、馬鹿みたいだ。 ***** 『やめて下さいッ!』 聞こえてきたのは普段誰も使っていない資料室から。 切羽詰まった悲鳴のような声色に、一瞬だけ躊躇してその扉を開いた。 「何をしているんだっ!!」 大声をあげて飛び込めば、銀髪の男と恐怖に顔を引き攣らせた半裸のくノ一が振り向いた。 ガチガチと歯を鳴らすくノ一の唇が語るのは、助けを呼ぶ微かな言葉。 「はたけ上忍、ここで何を?」 「・・・んー・・」 答える声はいつもと変わらない静かなもので。 視線だけが威嚇するようにゆっくりと細められた。 「彼女がどうかしましたか」 腕を囚えられたまま、震える足元が今にも崩れ落ちそうだ。 僅かに感じる血臭に眉を寄せて、イルカは静かに足を進めた。 「まだ戦場にも出たことのない下忍です。なにか粗相がありましたら私が変わって謝罪します」 「粗相・・・?」 「それと。差し出がましいようですが、怪我をされているのでは?」 そう口にしながら血の匂いのする場所を目線で探る。 戦闘帰りの忍びが、高ぶる熱を抑えきれずに弱い下忍を慰み者にするという話は聞いたことがあるが、それがまさか里の誇る上忍であるこの男がと、驚愕を隠し切れない。 「怪我は大したことはありませんよ。それより少し無粋では?」 「は・・?」 「この状況を見ても判断がつかないと?」 せせら嗤う口調に咎める視線がきつくなる。 眉間の皺を更に深めて、イルカは一歩二人に近づきながらも口を開く。 「それは失礼しました。しかし、俺にはとても同意の上とは思えないのですが」 資料室の壁に押さえつけられ、たくし上げられた忍服の隙間からは瑞々しい肌が露出している。 その上を這う長い指先に、嫌悪感さえ覚えた。 「里内で、くノ一への伽の強要は禁止されています」 「・・・そうだね」 「ご存知なら、その子を解放して下さい」 「じゃあ、オレのコレはどうすりゃいいっての?」 目線で誘われて見た先で、隆起したものに絶句した。 「そ、それは・・花街にでも行っていただければ良いかと」 「オレは今処理したいの」 「ーーっしかし、里の規約で・・」 「・・・困ったねぇ」 少し考えこむような素振りで頷く上忍が、眦を釣り上げるイルカの姿を遠慮のない視線で上から下まで眺めた。 「わかりました・・・では、」 「なんでしょう」 あっさりとくノ一を拘束していた腕をほどいて口を開く。 開放されて逃げ出すくノ一が、イルカの脇をすり抜けるのを確認してカカシの前に立ちふさがった。 「うみの中忍、アンタがオレの相手を」 「・・え・・・?」 暗闇で光る紅い瞳が、物騒な気配を放った。 「ーーはた、け上忍ッ!!」 硬い床の上に押し倒された瞬間、頭を打ち付けた痛みで呻き声を発する間もなく忍服がクナイで引き裂かれる。 むしり取られた額当てを口に突っ込まれ、覆いかぶさる男を信じられないとばかりに見つめた。 後は、身体を真っ二つにされるんじゃないかという衝撃と、すさまじい痛み。 四つん這いにさせられ、慣らされる事なく強引に突っ込まれた下肢から立ち昇る血臭に目眩がする。 叫び声をあげて逃げる指先が、硬い床を何度も引っ掻いてはその上を滑った。 そんなイルカの背後で、獣のような荒い呼吸を吐くカカシに恐怖で背筋が凍りつく。 「・・ーーーッ!!」 彼は一体何を口にしたのだろう。 あまりの混乱で思考が追いつかない。 自分に伸し掛かっているのが、まさかこの男だなんて。 「ヤーーー・・」 他里にも名を馳せる写輪眼。里が誇る上忍で、ナルトの上司で。 誰もが憧れてやまない人ーーー。 「ーー・・・やめ、て・・」 そう。 イルカだって。 ・・・好きだったのに。 ***** 気を失った様にベッドに横たわる身体を暖かいタオルで拭う。 彼が吐き出した白濁と、自分が注ぎ込んだものも全て掻きだして丁寧に清めた。 目覚めた時、自分の残滓が体内に残っていたら、きっとイルカは嫌がるだろうから。 「・・・・・」 疲れた顔で眠るイルカの力ない腕を持ち上げて、手の甲に唇で触れる。 少し肉厚で、温かな掌。 この手が子供たちを抱きしめ、守り、未来へと導いているのだ。 あの日から何度この身体を組み敷いたことだろう。 彼は抵抗はすれど、結局はカカシの下で喘ぎ快楽の証を迸らせる。 けれども、どれだけ狂ったようにカカシの腕に抱かれても、心はけして開かれることはなく硬く閉じられたままだ。 「当たり前でしょ」 そう口にして苦笑した。 あれが同意だったなんて、間違っても思っていない。 こんなことをしでかした以上、もう二度とあの快活な笑い声と眩しい笑顔は自分には向けられないことはわかっている。 それでもあなたが欲しかったのだと、疲れきったようなイルカの頬を指先で撫ぜた。 「ごめんね」 呟く声は掠れて少し湿り気を帯びた。 忍びが一生を全うすることは難しい。かと言って、誰かを待たせることも、ましてや残して逝くことも自分にはできないのだ。 「・・・ごめん」 消え入るような懺悔の言葉は、彼の耳には届くことはないだろう。 ***** 『好きなの』 呼びだされた資料室。 またかと溜息を付きながら目の前のくノ一を見やった。 緊張のあまり僅かに震える唇と指先が、訴えかける瞳の必死さを更に後押しする。 こんな風に気持ちを打ち明けられるのは慣れているはずだったのに、カカシを真っ直ぐに見つめる黒い瞳に、想い人の姿が重なってジクリと胸に痣をなす。 これが彼だったならと、思わずそう考えて溜息をついた。 「・・アリガト」 ガリガリと頭を掻きながらそう言って、いつものようにそつ無く断るハズだった。 だけど不意に感じた気配に、利き手はとっさに目の前のくノ一の肩を捕らえた。 「えっ・・」 「・・・・・」 「・・あの・・、はたけ上忍・・?」 「ーーーーお願い、聞いてくれる?」 躊躇したのは一瞬だけ。 口布をおろしニコリと微笑めば、見下ろす女の顔がぼうっと惚けるのを確認する。 願いが何かを確認することもなくコクリと頷く女の頭の悪さにせせら笑いながら、カカシはその耳元に唇を寄せた。 囁いた一言に、驚いたように顔をあげるくノ一に笑いかけ、ベストのファスナーをゆっくりと下ろす。 「オレの言うとおりにできたら」 「あの・・」 「一度ぐらい抱いてあげてもいーよ」 お前なんて誰が抱くものか。 言葉と裏腹な心を隠して唇だけを微笑みの形にかたどった。 その言葉に、一度だけでもと願う女の浅ましさが顔を覗かせるのに心の中で嘲り笑う。 そう。女なんて皆同じだ。 ニンマリと唇を歪める女の醜悪な顔に吐き気を覚えながらも、指先が女の黒髪を優しく梳いた。 この女も、きっとカカシをまるで自分の所有物だと言わんばかりにどこかしこでも吹聴して回るのだろう。 そう思うだけでゾッとする。 もっと違う、自分を色眼鏡でみない相手こそがカカシは欲しいのだ。 だから。 強引にでも手に入れようと画策する。 近づいてくる足音に耳を澄ませ、絶好のタイミングを計って女のアンダーをたくし上げ合図した。 「やめて下さいッ!」 女の芝居がかった悲鳴が響く。 早く来いと、手ぐすね引いて待ちながら、女の柔肌に指を這わせる。 戸惑う気配と、慌てたような足音に胸を高鳴らせて。 ガラリと勢い良く扉が空いた瞬間、罠に掛かった獲物の姿にカカシは歓喜したのだ。 ***** 自分のした行為が、女達とどう違うというのだろう。 結局はイルカの心など慮る事なく、ただ身体だけを求めて組み敷いた。 絶対に、心は手に入ることはないと知っているから。 ぐったりと横たわるイルカの隣へ身体を添わせた。 非難と抵抗、糾弾する言葉の数々を思い出しながら、頬に掛かる長い髪を梳く。 彼に愛されたいと、思うことすら痴がましい。 眠りから目覚めれば、イルカの瞳はまたカカシを責めるのだろう。 そうだ。アンタはそうやってオレを憎めば良い。 憎むだけならば、この身が塵となって消え失せても、何も感じることもない。 だから今だけは。 「・・・イルカせんせ」 脱力した身体を抱き寄せて、掠めるだけの口付けを交わす。 シーツに散らばった髪に指を絡ませながら、カカシはゆっくりと瞳を閉じるのだった。