天使のつむじ  シュッ、シュッとシーツを蹴る音と体を何度も捻る気配に、カカシは重い瞼を開けた。  寝入りばなを起こされた不快感は、あっという間に胸の底を焼くような焦燥感に取って替わる。  意識的に深い呼吸をしながら気持ちを落ち着けようと試みる。いつものことなのにやはり馴れることはできない。 「……イルカ」  寝る時は腕の中に居たはずの恋人は此方に背を向けていた。真っ白い肌は滑らかだが肩甲骨の位置にふたつ、大きな傷跡があった。  小刻みに震える体をつかんで仰向かせると細い眉は苦悶に歪み、目を閉じ歯をくいしばって何かに耐えている。 「痛いの? 舌?」  ぱっちりと目が開き、潤んだ黒瞳が切なげに揺れた。 「口開けて」  素直に開いた口から覗く桃色の舌は花弁を思わせるほど可憐なのに、そこに施されているのは禍々しく複雑な記号だった。  不可思議なことに、それはたった今焼きごてを当てたかのように周囲に小さな水泡を発しながら舌をジリジリと焦がしている。 「……っ!!」  声にならない声を上げて反り返った顔を両手で挟み、カカシは黒い記号の上に自らの舌を重ねた。  イルカの舌の表面をなぞるように動かしていると、黒い色は徐々に赤みがかり、ついには周りと同化して見えなくなっていった。  〝愛する者の前では声を失う〟  それは天界を棄てた御使いへの罰だった。  翼が抜け落ち、舌に呪印が浮かび上がってもなお、イルカはここに留まっている。時々焼かれるような痛みに屈することなく。それを癒すことが出来るのもまた愛する者だけだという事実に、カカシは自分のあずかり知らぬ天界の歪んだ愛情を感じていた。  男に去られたら、残るのは舌の上の罪の証。痛みを優しく癒す者もなく、夜毎に苦しむ未来しか無いと。  シーツを握り締めていたイルカの手が、カカシの首に回った。眉間に刻まれていた皺は消え、カカシの舌をねだるように柔らかい唇がすぼまる。  神経を焼くような痛みから急激に解放された高揚感はある種の快感を呼び起こすらしく、それはまだ人間になりたてのイルカの体に情欲の炎を灯していた。  可愛いおねだりに応えながら口付けているとそれだけでは物足りなくなったのか、ついと唇を離してカカシの夜着に手を伸ばしてきた。腰ひもを引き、緩んだブレーの中にもう顔を突っ込んでいる。  恋愛も性行為も存在しない天使に性欲が生まれたら、ムードなんて考慮してもらえない。自分の欲求にひたすら忠実になるのみだ。  カカシは夢中で舐め出したイルカの髪を撫でた。艶やかな黒髪は案外しっかりしていて、肩を包むように広がっている。口中で大きいものを扱くようにストロークする度に上下に動く頭を見ていると、快感がじわじわと広がってきた。  もういいよ、とどんなに言ってもイルカは気がすむまで止めない。言葉で愛を伝えられないから、どうしても奉仕したいらしい。  先端から唇が離れ、つむじしか見えなかった顔が上向きになって舌が竿を這っている。そのとろりと融けた目、ふっ、ふっと短く粗い呼吸が一生懸命すぎて。 「もういいよ」  案の定、ふるふると首を振ったイルカの駄々っ子のような幼さに笑みが溢れた。セックスの最中なのに、自分の欲情より愛おしさが勝っている。  諦めて好きにさせていると、根元から先端まで何度も舐め上げ、はむっと横咥えして口中でチロチロと舌が動く。  自分にされたことをすぐに試してくる実直さが可愛い。こちらの反応を窺うように見上げてきた眼に、気持ちいいよ、と囁くと先端から先走りがじわりと溢れた。 「オレのがもう出したいって」  優しく声をかけるとイルカは頷き、素直に夜着を脱ぎだした。  紐をほどいたボレーの下からぴょっこりと出て来たのは、人差し指ほどの可愛い性器だった。青年の体つきをしているイルカには不釣り合いな大きさのそれはぴんと張り詰めてもう蜜を零している。 「イルカのも出ちゃいそうだね」  全裸になったイルカをベッドに仰向けに寝かせて、勃ち上がっているものに顔を近付けると額を押されて阻まれた。 「えーっ、オレには舐めさせてくれないの? 酷いなぁ」  自分がするのは好きなくせに、されるのが嫌いな理由を聞けないのがもどかしい。  そんなカカシの気持ちはお構いなしに、イルカは大きく足を開いた。普段は慎ましやかな蕾は少し口を開け、熟れた内面を晒している。 「もう入れちゃうの?」  もっと愛撫を楽しみたいのだが、肉での交わりに嵌ってしまったらしいイルカはいつも性急に求めてくる。  ベッドサイドからオイルの入った壺を取り、指にたっぷり付けて押し入れると、ほんの少しの抵抗でするりと飲み込んでしまう。ちゅくちゅくと音を立てながら出し入れを繰り返す手は、中から滴ってきた粘液で肘まで濡れていた。 「ここだけこんなにえっちになっちゃって、困った子だね」  切なそうにもぞつく脚を更に大きく広げ、ぱくぱくと口を開ける後孔に潤滑油を塗ったものを押しつけると、急かすようにしっとりと吸い付いてきた。 「いつもみたいにされたい?」  涙目でこくこくと頷くイルカに確かめ、細く息を吐いて一気に奥まで貫いた。弓なりになった体に構わずがんがん腰を打ちつけると、小さなペニスは破裂するように精液を勢いよく吐き出した。 「乱暴にされるとすぐイッちゃうね」  完全にスイッチの入ってしまったイルカは、反り返りながらびゅくびゅくと精液を漏らしている。大きく開けた口から覗く舌には呪印がうっすらと赤く浮かび上がり、その声を吸着していた。 「……ああ、声っ、聴きたいな……」  声帯は震えているのに音の出ない唇を塞ぎ、唾液を与えながらの激しい抽挿にイルカの蛇口は壊れてしまったようだ。奥まで穿つ度に腹に吐き出される液体は徐々にその粘性を失い、透明に近くなってきている。 「せっかくおちんちん生えて来たのに、お尻しか使わないなんて勿体無いよ」  翼が石灰のように崩れ落ちると同時期に、何もないつるつるの下半身に性器と後孔が出現し、食べたり寝たり出来るようになった。カカシはそれをイルカが人間になったと解釈しているが、舌の呪印だけが今も彼を天に縛り付けている。 「こんなにびしょびしょにしちゃって、もしかしてこれ女の子の孔じゃないの?」  返事はないものの、声をかけると後孔がきゅっと締まる。中がうねり、襞がぺニスに絡み付く様子がイルカの快感を伝えてきて。 「……っ、きもちい……ね、もう出していい?」  イルカの感じるところをかき混ぜていた動きは、出すための長いストロークに変わっていった。 「……イイッ……出すよ……っ!!」  曲げた膝の上からのしかかり、しなやかな体をぎゅっとベッドに押し付けて中に注ぎ込む。適度に筋肉のついた体がクッションのように心地いい。  一度では射精が収まらず、何度か抜き差しすると、搾り取るように肉壺が締め付けてくる。  快感に貪欲なイルカが可愛くて、ぶるりと身を震わせて最後まで出しきり、ゆっくりと引き抜いた。 「気持ち良かった?」  最近芽生えてきた淡い羞恥のせいか、取り戻した理性のせいか、事後は少し怒ったように目を背けている。 「イルカのからだはきもちいいって言ってたよ」  拗ねた顔見たさに意地悪を言いながらも、弛緩した重い体を丁寧にタオルで拭き浄める。  体が綺麗になるとほっとしたのか、イルカは抱き寄せたカカシの胸に素直に顔を埋めてきた。  天使の頬の柔らかさに胸が痛い。痛いくらいにいとおしい。  まだイルカに翼があった頃、たった一言の「すき」が彼が口にした最後の愛の言葉だった。  その直後に呪印が現れ、イルカは言葉を失った。  カカシはイルカを囲う腕にぎゅっと力を込めた。  こんなちっぽけな人間の分際で、彼に執着する奴等を出し抜けるだろうか。どんな思惑があるのか計り知れないが、掟に逆らった天使が消滅もせず、連れ戻しもされないということは、長い年月をかけてでもイルカに生まれた恋を後悔させるつもりだ。  気持ちには自信がある。だが自分にはそれだけしかない――。 ――声、聞きたいな。  心の中でぽつりと呟いて、カカシはイルカの唇にそっと自分のそれを重ねた。