麝香花 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と。 疼く身体をどうにも出来ず、敷かれた外套の上に横たわったまま身悶えた。 吐く息さえ熱く感じるほど身体が火照り、力の入らなくなった下肢に甘い痺れが走る。 なんとか立ち上がろうと藻掻けば藻掻くほど、痺れは全身に広がっていくように思えた。 「・・・くっ・・」 耐えられない疼きに眉を寄せ、必死に唇を噛んで声をおさえこむ。 ともすれば甘い喘ぎが漏れそうになるほど切羽詰った熱は、出口を求めて身体中を駆け巡っているかのようだ。 熱くて、苦しくてたまらなくて。 胎児のように全身を丸め、自らを抱きしめるような格好で横たわっていた身体は、イルカの意思をあざ笑うかのように快楽を求めてゆっくりと開かれていく。 このまま熱く滾る場所に手を伸ばし、思う様擦り上げてぶちまけてしまいたい。 正常な思考回路を凌駕する欲が、誘惑に負けてそろそろと下肢に移動する。 「おそいな」 ふいに耳に飛び込んで来た声に、熱を開放すべく伸ばした指先がビクリと震えた。 そうだ。 彼が傍にいたのだと、あと少しで張り詰めたモノに触れそうな手を爪先が食い込むほど握りしめる。 里の誉れ、写輪眼のカカシと二つ名で呼ばれる彼と遭遇したのは、果たして幸運だったのかそれとも。 わからないまま混濁する意識を保とうと、ギュッと瞳を閉じて唇を噛み締めた。 「・・辛いね・・・」 「―――・・アァ・・ッ!!」 サラリと髪を撫ぜる指先にすら、甘い痺れに犯された身体が反応する。 漏れた声を恥じ入る事もできず、断続的に湧き上がる欲求に息を詰めて敷かれた外套に顔を埋めた。 僅かに薫るカカシの匂いにさえ敏感になった嗅覚が刺激される。 やはり彼らと遭遇したのは不運だったと自らの境遇に歯噛みした時、洞穴の入り口に降り立つもう一人の気配を感じた。 「センパイ」 彼をそう呼ぶ人を一人だけ知っている。 カカシの暗部時代の後輩で、七班のもう一人の上忍師であるヤマトは、出自から極秘事項とされていて、その名すら本名であるのかわからない男だ。 そう言えば、カカシはテンゾウと呼んでいたか? 「何かわかった?」 「えぇ。おそらく麝香花ですね」 「麝香花?」 イルカが寝かされている洞穴の奥にやってきたヤマトは、チラリと一度だけイルカの状態を確認した後、隣に座るカカシへ小さな花を差し出した。 「へぇ・・、これが」 「戦闘で随分と散っていましたが、恐らく広範囲に渡って群生していたものと思われます」 報告書にあったその稀有な花は、鎮痛剤や消炎剤の成分として主に医療忍が使用するもので、その花自体に毒はない。ただし、それは花が開くまでの話である。 一度咲きほこれば、それは強い催淫効果をもたらす媚薬へと変わるのだ。 任務帰りの忍びからもたらされた情報を確認すべく出かけたイルカは、運悪く同じ花を採取に来た敵忍と交戦になった。 なんとか倒したは良いが、所々に受けた傷口に擦れた花の汁が付着し、動けなくなったところを帰還途中の二人に救出されたのである。 「花が咲くと、催淫剤でもある花粉も一気に飛び散るんですよ」 「それでこの状態ってわけね」 「口布をしているセンパイはともかく、ボクでも一瞬クラっとしたぐらいですから・・」 濁した語尾は、薬物耐性のない中忍なら一溜りも無いとでも言うつもりだったのだろうか。 しかし、イルカだとてこの花に関しての知識ぐらい当然持っていた。 だからこそ花開く前の早朝にここまでやってきたと言うのに。 「迂闊だな」 ポツリと呟かれた言葉に、反論するすべはない。 まさか敵忍に遭遇するとは思わず、単身で向かった自分の甘さを痛感しているところだ。 「手厳しいねぇ」 ククッ。押し殺すような含み笑いは、おそらくカカシも同じことを思っているのだろう。 忸怩たる思いにじわりと滲む涙を外套に染み込ませた。 「どうします?」 「・・そうだな」 「―――・・・ッ・・!」 いっそ捨て置いてくれと喉から出かかった声は、言葉にならずに荒い呼気を吐き出した。 一瞬の思案の後、振り返ったカカシと視線が絡み合う。 熱に浮かされ潤んだ自らの瞳とは対象的に、そこには一切の感情も読み取ることは出来ない。 冷たい忍びの眼だ。 この人に、こんな情けない姿を晒すなんて。 ふいに込み上げた激情が、全身を蝕む甘い疼痛を凌駕する。 「・・も、しわけ・・ありませ・・」 「・・・・・・」 必死で絞り出した声は、荒い息と共に掠れた響きを伴って薄暗い洞窟内に響いた。 少し身動きするだけで刺激は身体中を駆け巡り、下肢に恥ずかしい染みが広がる。 ここに運び込まれる道中に、何度達してしまっただろうか。早鐘を打つ心臓の音は狂おしいほどで、快楽に耐えるべくひたすら眉を寄せ地面に爪をたてた。 「このヒトをこのままここに置いていくわけにはいかないでしょ」 「・・・センパイ・・」 ポツリと呟いた言葉に、咎めるような物言いをしたヤマトをカカシが視線だけで制す。 「お前は里に戻って早急に死体処理班の手配を。ついでに任務完了の報告もお願い」 「―――しかしっ」 「・・酷いことはしないよ」 「・・・・」 視線だけの攻防。先に逸したのはヤマトの方だ。 音もなく去った後輩の気配が完全に感知できなくなるのを確認し、カカシは地面に蹲ったままのイルカを振り返った。 「さて・・」 「・・・・・ッ・・」 静寂の中で静かに響く声と、荒い呼吸音。ゆっくりと自らに伸びてくる手を、イルカは滲む視界の中で見た。 ***** 嫌です。 やめてください、と。 快楽に耐えながら振り絞るような声で拒絶する身体を難なく押さえつけた。 触れるだけで漏れる嬌声が、想像していたよりもずっと艶っぽくてやたらと聴覚を刺激される。 煽られてはいけないと思うのに、胸の奥の征服欲が湧き上がってくるのを止められなくなりそうで、ギリリと奥歯を噛み締めた。 「じっとして」 「・・やぁ・・・ッ!」 敏感になった身体は触れらるだけでも辛いのだろう。 もう既に力は入っておらず、頼りない身体は安々と組み敷くことが出来た。 まさかこんなふうに触れられる日が来るとは思わなかった、と。腕の下で震える男を前に、込み上げる劣情を押さえ込みながら必死に顔をそむけるイルカを見下ろした。 イルカには、耐え難い不運としか言いようがないが、カカシにとってはまさに僥倖。 もし今を逃したら、永遠にこんな機会は巡ってこない事を知っているから。 相手を思いやることも出来ず、そんな風に思う自分に嫌悪感を抱きながらも組み敷く力を緩めることが出来ない。 自らを守ろうとでもしているように身体を丸めるイルカのベストを脱がせ、脚絆を解き、ぐっしょりと濡れた下穿きに手をかける。 朦朧とする意識のまま、身体を捻って逃れようとするイルカの腰が浮いた瞬間を狙ってズルリと下へ引き下げた。 「あぁ・・すごいな」 「・・アァ・・・・ッ!」 隆起したペニスの先からは、粘着く体液が糸を引いていた。 見られている意識はあるのだろうか? ピクピクと跳ねるそれに手を伸ばし、そっと指先で触れる。 悲鳴の様な呼気を耳に、粘液で滑る竿を握り込んで上下に擦った。 「――ヒッ・・ィ・・」 「・・痛い・・?」 過ぎる快楽は時に痛みを与えてしまう。 手甲を外し、直接ヌルつく竿に掌で触れた。屹立したそれは熱く昂り、カカシが少し擦り上げるだけで鈴口からトロトロと透明な体液を垂れ流している。 下半身だけを露出した淫らな格好に気づいていないのか、刺激を受ける度にイルカは誘うように自ら腰を震わせる。 擦り上げる度に唾液に濡れた唇からは甲高い喘ぎ声が漏れた。 「凄い声・・」 ポツリと呟いた言葉に、漸く気づいたようにイルカの視線がカカシを捉える。 瞬間黒い瞳が潤み、瞼から溢れた涙を隠すべく顔が逸らされた。 喘ぎとすすり泣き。まるで身体と心は別物だとでもいうように、下肢がカカシの手の中で揺れた。 顔を覆う掌を掴み強引に暴くと、涙に濡れた瞳を覗き込む。快楽に飲まれるまいと必死に意識を保とうとするその表情にゾクリと身体の中心が疼いた。 これはただの処置だと、激情が渦となって込み上げるのを深い溜息で押さえ込み、涙に濡れたイルカの瞼を拭う。 「イルカ先生」 「・・あ、ああぁ・・っ・・」 精液を零し続けるペニスを緩やかに上下に擦り上げれば、あっけないほど簡単にイルカはカカシの手の中で熱い飛沫を噴き上げる。 白濁を纏い震えるそれは、吐き出しても硬さを失わずまた直ぐに張り詰めた。 足元に絡まったままの下穿きを引き抜き、両足の間に自らを身体を割り込ませて再び熱く昂ぶったモノに手を添える。 待ち望んでいたようなイルカの腰を引き寄せ、精液にまみれた陰茎を躊躇することなく口内に含んだ。 「あぁ・・っ!」 少し塩気のある味とオスの匂い。 亀頭に舌を這わせ、喉の奥まで一気に飲み込むと唇をすぼませて絞り上げる。 唾液と精液が混じった泡立つものを何度も舐め取って、裏筋に舌を這わせて刺激した。 扱き上げる度に上がるイルカの嬌声が薄暗い洞穴の中で木霊する。 うわ言のようにイクっ、イクと叫び、下腹が収縮を繰り返す。鈴口に溜まった精液を舌先でくじいて吸い取れば、泣きながら口内に精液を迸らせた。 「・・ん・・っ」 舌に絡む精液を全て飲み干すことが出来なくて、掌の中へと零す。 イルカの太ももに手をかけ、膝が胸につくほどに身体を2つに折り曲げる。丸見えになったその奥の小さな窄まりに体液で濡れた指先を這わせた。 何をされるのかわかっているのだろうか? 目元を真っ赤に染めたイルカの顔が、くしゃりと歪む。 「あぁっ・・やぁ・・・」 「大丈夫」 陰嚢を掌で転がしながら、吸い付く蕾にツプリと指を挿入させた。 ゆっくりと慎重に、粘膜を解すように蠢かせて何度も出し入れし、指の先に当たる膨らみを軽く引っ掻いた。 「ア――・・・ッ!」 ビクビクと下肢が震え、唇が甲高い声を上げた。鈴口から溢れる精液は既に力なく、ただトロトロと透明な涙を流すだけだ。 「またイッたの、せんせ?」 「・・や・・ぁ・・も、やめて・・」 「いや? つらい・・?」 「や・・あぁ・・・」 「可愛いね」 涙混じりの声。いつもは快活な男のこんな声を耳にする日が来るなんて思いもしなかった。 だけど、その声がカカシの嗜虐心を唆っているなんて、きっとイルカは気づきもしていないのだ。 体内に埋め込んだ指を抜き、力の抜けた足を抱え上げて伸び上がる。 イルカの涙でぐちゃぐちゃになった頬を指先で拭うと、その涙を舌先で掬った。 「泣かなくていいから」 「・・カカ・・ッ、・・さ・・」 「先生はただ気持ちよくなっていればいいんですよ」 どれだけ優しく囁こうと、身体だけでも手に入れようとしている卑しい心は隠すことなど出来ないし、勿論イルカにも通じない。 わかっているのに触れられる事への歓喜に気持ちが高ぶるのを抑えることができなかった。 「大人しくしてて」 「も・・や、めて・・っ」 前をくつろげ、解した蕾に自らの熱い切っ先をあてがう。 必死に首を振って拒絶するイルカの顔を見ながら、じわりと腰を進めた。 快楽と恐怖に引きつったイルカの唇から悲鳴が上がる。締め付ける疼痛に思わず眉を寄せ、暴れる足を抱え直した。 少しでも楽になるようにと上着をたくし上げ、脇腹をなで上げながら小さな尖りに辿り着くと、そこを指先で摘んで捏ねた。 普段ならただこそばゆいだけの刺激も、麝香花に侵されているイルカには耐え難い快楽を与えてしまう。 鼻にかかった泣き声と嬌声。少し緩んだ隙を狙って一気に腰を進めた。 「あぁぁぁ・・・ッ!」 尻たぶに下生えが当たるほど下肢が密着する。とんでもない締め付けに思わず眉を寄せて爆発しそうになるのを耐えた。深く繋がったまま腰を揺らせば、悲鳴の中に嬌声が混じり、やがてそれは女の喘ぎに似たよがり声に変わっていく。 絡みつく粘膜が更に奥へと誘惑するのに舌打ちし、胸を喘がせるイルカの顔を見る。 蕩けきった頬はだらしなく緩み、唇からはトロリと唾液が垂れてカカシの外套に薄い染みを作っている。 ヒクリ。皺一つなく伸び切った肉の輪が、動かないカカシを攻めるように何度も切なく締め付けた。 「・・っ・・アンタ、本当に初めてなの・・」 「んぅ・・」 蠢く粘膜の気持ちよさに、思わず言葉が漏れた。 ズルリと一度先端近くまで引き抜けば、逃すまいとするようにイルカの下肢が絡みついて引き止める。 「あぁ・・いや・・」 「なに? 突いて欲しい?」 「ん・・し、して・・・」 焦点の定まらない眼が空をさまよい、ねだりがましく腰が揺れる。意識が朦朧としているとはいえ、こんなふうに乱れるなんて。 とんでもなく淫らな姿を見せつけられて、あの時この男を見つけることが出来てよかったと、心底痛感しながら再び奥深くまで自らのモノを収めるべく腰を進めていく。 洞窟の中に響くイルカの喘ぎ声と淫らな水音に、カカシの方まで何か幻術にかかったような感覚に陥りそうになった。 ずくずくと深い場所で動きながら突き上げる。縋り付いてくるイルカの手が背中に回り、ギリリと爪を立てる痛みすら堪らなくなる。 もっと長くイルカの中に留まっていたい。少し硬い身体を抱きしめて、上も下も温かい粘膜に包まれていたいと、声を漏らすだけの唇に指先で触れた。 口内に指先を潜り込ませ、唾液にまみれた舌を探り、このまま口付けて味わいたいという欲求を必死に押し殺す。 「・・う、・・んぁ・・い――・・」 「あぁ・・、痛いね」 砂利の上に引いた外套の上に寝かせたまま突き上げていることに気づき、繋がったままイルカの身体を引き起こす。 「ひっ・・あ、あ・・おく・・っ!!」 自重で更に奥深く飲み込まされることになったイルカが、助けを求めて手を伸ばす。 花の香に混じったイルカの汗の匂いと熱い吐息。堪らずその首筋に吸い付いて所有の証である印をつけた。 カカシを咥え込んだまま向かい合わせに座り、ただ精液を垂れ流すだけのペニスを硬い腹に擦り付ける。いつまでたっても満たされない快楽に、イルカが焦れて腰を揺らした。 「あぁぁっ、動いて・・っ!」 「――・・欲しいなら、自分で動きなっ」 双丘を掴んで引き下ろす。夢中で腰を振るイルカのとんでもない喘ぎ声を聞きながら、胸の尖りに吸い付いて舌と唇で舐めしゃぶる。プクリと膨れたその場所に思い切り歯をたてた。 「あ、あっ・・アアァッ・・そこ・・っ!」 腕の中の身体がブルブルと痙攣し、咥え込んだ肉の輪がきゅうと振り絞るように締め付ける。 「―――・・っく・・」 「いいっ、いいっ! ・・イク・・――ッ!」 喘ぐイルカの喉元に舌を這わせながら、淫らに絡みつく粘膜の中に白濁した体液を迸らせた。 顎先が天を仰ぎ、だらしなく惚けたイルカの口元から唾液がトロリと糸を引く。 力なく倒れ掛かる身体を受け止めて、解けた髪に指を絡ませ引き寄せる。口づけようとして唇を近づけた瞬間、虚ろな視線がゆっくりと焦点を結んだ。 「カ、カシ・・さん・・?」 ヒュッと息を飲む音。その瞳に映し出された絶望の色を、きっと一生忘れることは出来ないだろう。 「―――ぁ、・・ア、ァ・・・!!」 半裸のまま排泄器官に男を咥えこんでいる。考えるべくもなく何があったかは歴然だった。 自らの姿に青ざめて、咄嗟に逃げようとするイルカの身体を抱きしめた。 「嫌だっ・・イヤ・・ッ」 「せんせっ」 「・・っ、こんなっ!」 「・・・」 「・・んな・・ことを、あなたに・・」 カタカタと震える身体と指先には、先程までの狂おしい熱はない。 そこには自ら晒した痴態への羞恥と悔恨が、悲痛な叫びとなって戦慄く唇から漏れるだけだ。 額当てを外し、羞恥に今にも泣き出しそうなイルカの頬を掴んで引き寄せる。血継限界でもある左眼を開きながら、無理やりその瞳を覗き込んだ。 「・・・オレを見て、先生」 「や・・もう、抜いてくださ・・っ」 溢れた涙が頬を伝う。 はっきりとした拒絶の言葉を紡ぐイルカの瞳が、快楽を貪った邪な自分を糾弾しているようで心が引き裂かれるようだ。 だから、これは償いだと。 惨い記憶を奪うべくその力を振るった。 「ちゃんと見て」 「・・ヤ・・―――」 黒い瞳の焦点がゆらゆらと揺れ、やがてゆっくりとその双眸が閉じられる。 力なく腕の中に倒れてきたイルカの身体を抱きしめて、ほつれた髪の隙間に鼻先を埋めた。 狂おしいほどの花の芳香は、今はもうその名残すら嗅ぎ分けられないほどに儚く消えていた。 ***** 「お疲れ様です、カカシさん」 「どーも」 差し出された任務報告書を受け取って、視線で確認したあといつものようにハンコをついた。 「次の依頼はですね・・っと、これだ」 ペラペラと書類をめくりカカシへの依頼書を引き抜く。 ランクはそれほど高くはないが、要人の警護という里の稼ぎ頭にふさわしくない依頼内容に僅かに眉を寄せた。 いや、依頼内容をランクで判断してはいけない。いつそれが高ランクの任務に変わるやもわからないのだ。 「任務続きで申し訳ありません」 「いーえ、休みがある方が手持ち無沙汰でねぇ」 「わかります。仕事がないとなんだか落ち着きませんよね」 ガシガシと髪を掻いたカカシが書類を受け取るべく差し出した手と、指先が僅かに触れた。 「・・・・っ・・」 ほんの一瞬。 ただそれだけなのに、トクリと跳ねた胸の鼓動に戸惑い慌てて顔を伏せた。 「イルカ先生?」 「ア、ハハ・・お互いもう仕事中毒でいけねぇな」 ずっと隠し続けていた気持ちは、けして相手に気取られる訳にはいかない。 視線を合わせてしまえば、この敏い上忍に全て暴かれてしまうような気がして、イルカは落ち着きなく目線を書類の上にさまよわせた。 「ですねぇ。たまには息抜きもしたいもんですよ。あ、そうだ。今度一杯どうですか?」 「いいですね。 ちょっといい小料理屋でも探しておきます」 「なにそれ。イルカ先生のいきつけのところでいいよ」 「いや、そういうわけには・・」 「本当に・・・一緒に呑みたいだけだから」 「・・・え・・」 ポツリと呟かれた言葉に、書類を見るふりで伏せていた顔を上げた。 じゃあまた今度ねと、手を振りながら去るその横顔がどこかで見たような記憶と重なった。 「・・・カカシさん・・?」 あの日、イルカが目を覚ましたのは消毒液の臭いが充満する病室だった。 白い天井と、腕にささった点滴の針。 解毒のためだと説明する医療忍の言葉をぼんやりと聞きながら、靄がかけられた記憶の海をただ漂っていた。 ヒリリと疼く首筋にゆっくりと指先を伸ばし、今はもう薄れてしまったその場所を指先で撫ぜる。 身体を調べた時に気づいた鬱血の痕は、明らかに何者かに付けられた情交の印だった。 狂おしいような熱に翻弄されたのは、やはり夢ではなかったというのか。 まさかそんなはずはないと思いながらも、あるべくもない記憶が思い出せとイルカを責めているようで胸が苦しくなる。 泣かなくていいと、あやすような言葉と瞳。銀色の髪と白皙の頬に指先で触れたことなど一度もないと言うのに、どうしてこんな気持になるのだろう。 トクトクと次第に速くなる鼓動の音が煩くて、ギュッと硬く瞼を閉じた。 「・・・っ・・」 ふいに、噎せ返るような甘い花の香りと、辺り一面に広がる小さな花の記憶だけが鮮烈に脳裏に蘇る。 それは夢のように美しい光景で、暗がりで輝く銀色の光と相まって理由もなく泣きたくなった。